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HISTORY · レイ

Nintendo|枯れた技術を、別の遊びへ使う

任天堂を語る時、「枯れた技術の水平思考」という言葉がよく登場します。

印象に残る言葉ですよね。最新技術を追いかけず、すでに普及した技術を別の用途へ使う。Game & WatchやGame Boyの成功を説明する言葉として、とても分かりやすく見えます。

ただし、ここでは少し慎重に扱います。

現在確認できているのは、横井軍平の発言や開発思想をまとめた書籍の書誌情報です。言葉の原文、初出、発言時期、編集された文脈は、本文を確認するまで確定しません。そのため、この章では名言を万能な法則として使わず、公式の製品史と開発記録から確認できるパターンを見ます。

Game & Watch|新しいのは液晶ではなく、遊ぶ時間だった

Game & Watchは1980年に発売された、任天堂初の携帯型液晶ゲーム機です。一台に一つのゲームを収め、手に収まる大きさにしたことで、遊びを持ち歩けるようにしました。

液晶そのものを発明したわけではありません。時計や電卓などに使われていた技術を、短い空き時間の遊びへ置き直したところに意味があります。

ここで新しかったのは、部品ではなく行動です。ゲームセンターやテレビの前へ行かなくても、取り出した場所が遊びの場所になる。技術が、生活の隙間へ入る形へ編集されました。

Wii|最先端技術を、違う問いへ向ける

Wiiの公式開発記録には、最先端技術を従来とは違う使い方へ向けるという考えが残されています。

これは、任天堂が高度な技術を避けていたわけではないことを示します。重要なのは、処理能力をどこまで上げられるかではなく、その技術によって、今まで遊ばなかった人が手を動かしたくなるか、家族が同じ画面の前へ集まるかという問いでした。

技術の評価軸が、機械の内部から人の行動へ移っています。

Switch 2|性能を上げることも、遊びのためなら選ぶ

Nintendo Switch 2では、処理・描画性能が高められました。開発者は、ソフト制作者が新しい体験へ挑戦するための基盤として、性能向上が必要だったと説明しています。

一方で、すべてのソフトに合わない独自機能を、本体へ変化のために加えることは避けました。必要なら、個別のゲームに合わせて周辺機器や別の仕組みで提供する選択肢も残しています。

ここから見えるのは、「古い技術を使う会社」ではなく、技術を使う理由から選び直す会社です。

技術を価値へ変える三つの層

任天堂の事例を一般化するなら、技術選択は三つの層に分けて考えられます。

  1. 技術の成熟度
  2. 組み合わせの新しさ
  3. 行動の分かりやすさ

三つのうち一つだけでは足りません。

安価で安定した技術でも、体験が変わらなければただのコスト削減です。新しい組み合わせでも、使う意味が分からなければ普及しません。分かりやすい演出があっても、基礎性能や供給が不安定なら長く続きません。

Wii U|技術的な工夫が、そのまま価値にはならなかった

Wii U GamePadには、本体と手元画面を低遅延でつなぐための技術的な試行錯誤がありました。ハードを目立たせず、遊びを支える黒子として設計する意図も明確でした。

それでも、任天堂は後に、Wiiとの違い、買い替える便益、GamePadの価値を十分に伝えられなかったと振り返っています。

この失敗は大切です。優れた技術や丁寧な開発があっても、顧客が新しい行動を理解できなければ、技術はブランド価値へ変わりません。

BASへの転用|新技術の前に、行動の仮説を書く

新しい技術を導入する時、最初に機能一覧をつくると、できることを増やす方向へ進みがちです。

その前に、次の一文を書いてみます。

この技術によって、お客さまは今までと違う何をするようになるのか。

場所が変わるのか。時間が短くなるのか。誰かと一緒に使うようになるのか。失敗しても戻りやすくなるのか。

行動の変化が書けなければ、技術はまだ目的を持っていません。逆に、行動の仮説が明確なら、最新技術だけでなく、すでに手元にある技術も候補になります。

02
STORY · レイ

Nintendo|天才一人では、遊びはつくれない

任天堂の歴史には、強い名前が並びます。

山内溥、横井軍平、宮本茂、岩田聡。企業史を読みやすくするために、僕たちはつい、転換点を一人の天才へ結び付けたくなります。

けれど、ゲーム機もソフトも、一人では完成しません。遊びの核を考える人、技術的に成立させる人、量産条件を整える人、触った時の違和感を見つける人、ソフトを継続して届ける人、その価値を顧客へ伝える人が必要です。

任天堂の公式開発記録を読むと、発明はひらめきよりも、異なる役割の間で問いを往復させる過程として見えてきます。

経営の役割|何を競わないかを決める

新しい商品をつくる時、何を追加するかだけでなく、何を競わないかを決める必要があります。

Wiiでは、従来のゲーム機の延長として処理性能や映像表現だけを追うのではなく、ゲーム人口を広げるという目標が置かれました。Switch 2では逆に、Switchで定着した基本形を残し、ソフト開発の基盤となる性能を高める判断がなされています。

時代によって結論は違います。共通するのは、技術部門へ「新しいものをつくってください」と丸投げするのではなく、顧客にどんな変化を起こしたいかという問いを先に置くことです。

ハードの役割|遊びを支える条件をつくる

Wii Uの開発記録では、本体を遊びの前へ出さず、黒子として設計する考えが語られています。GamePadでは、低遅延の無線接続や、本体と手元画面を一体で動かすための技術的な課題がありました。

技術者の仕事は、目立つ部品を増やすことではありません。ソフト制作者が意図した体験を、安定して繰り返せる条件へ変えることです。

Switch 2の開発でも、ハード、システムソフト、ネットワーク、ソフト開発環境の担当者が、処理性能を何のために使うのかを話し合っています。性能は単独の成果ではなく、別の役割が挑戦できる余白として扱われています。

ソフトの役割|機能を、やりたくなる行動へ変える

新しいハード機能があっても、それを使いたい理由がなければ顧客は動きません。

Wii Uでは、GamePadという新しい器に技術的な工夫がありました。それでも、価値を最短で理解させるソフトの供給と説明に課題が残りました。反対に、ハードの特徴と代表的なソフトが結び付く時、顧客は機能名を知らなくても遊び方を理解できます。

ソフト部門は、ハードの機能を紹介する役ではありません。機能を忘れて遊びに集中できる状態へ変える役です。

編集と対話の役割|異なる専門性を同じ言葉へ戻す

任天堂の「社長が訊く」や「Ask the Developer」は、完成した商品の宣伝であると同時に、開発者自身が判断の理由を振り返る記録でもあります。

もちろん、公開インタビューには編集が入り、語られていない対立や失敗もあります。それでも、ハードとソフト、経営と現場、社内と外部パートナーの言葉を、一つの遊びの問いへ戻す機能が見えます。

岩田聡の存在を、何でも分かる天才経営者として神話化する必要はありません。むしろ重要なのは、専門家が持つ複雑な判断を、別の専門家や顧客にも理解できる言葉へ翻訳する役割が、組織に必要だということです。

創造性を続ける四つの仕組み

任天堂の公開資料から、組織的な創造性を次の四つへ分けられます。

  1. 共通の問いがある
  2. 役割ごとに異なる答えを出せる
  3. 試作で言葉を検証する
  4. 残すものと捨てるものを決める

天才を採用する前に、判断の往復を設計する

組織が新しいものをつくれない時、「もっと発想力のある人が必要だ」と考えがちです。

けれど、優れたアイデアがあっても、技術、価格、供給、説明、継続運営へ渡らなければ商品にはなりません。逆に、一人ひとりが突出した天才でなくても、問いを共有し、試作品を見ながら判断を往復できれば、個人の発想を組織の成果へ変えられます。

任天堂から学べるのは、スター人材の集め方より、異なる専門性が遊びの核を壊さずに受け渡す方法です。

03
SYMBOLS · レイ

Nintendo|赤い帽子より先に、遊び方が記号になる

赤い帽子だけでは、ブランドにならない

マリオを思い浮かべてくださいと言われると、赤い帽子や口ひげが最初に出てくるかもしれません。

けれども、任天堂の強い記号は、見た目だけにあるのでしょうか。

僕たちがマリオを覚えているのは、走り、跳び、急に止まり、穴へ落ち、もう一度挑戦するという一連の動きも一緒に覚えているからです。キャラクターの外形と、プレイヤーが繰り返した行動が結びついた時、記号は商品パッケージの外へ出ていきます。

動きは、状態を伝える言葉になる

『Super Mario Bros. Wonder』の開発記録では、アニメーションはキャラクターを華やかに見せるだけでなく、いま何が起きているかをプレイヤーへ伝える役割を持つと説明されています。

ジャンプ、急停止、土管へ入る前の動作。そこへ表情と効果音が重なります。ジャンプ音も一種類を鳴らすのではなく、跳び方の強弱や上昇感が伝わるよう調整されています。

つまり、動きと音は装飾ではありません。遊び手が説明書を読まなくても、キャラクターの状態と次の行動を理解できるようにするインターフェイスでもあります。

古い記号を、そのまま保存しない

任天堂は、ピクセルで描かれていた時代の象徴的なポーズを、新しい表現技術の中で見直しています。

ここが面白いところです。

昔の形を忠実にコピーするだけではありません。ジャンプや急停止の印象を残しながら、現在の画面と操作で意味が伝わるように作り直す。変えないのは線の数ではなく、遊び手の身体に残った感覚です。

ブランド資産を守るとは、古い見た目を凍結することではないのかもしれません。何を見た時に、どんな行動を期待するのか。その関係を次の技術へ移すことです。

キャラクターIPは、行動の記憶を運ぶ

キャラクターが映画、商品、テーマパークへ広がる時、見た目だけを複製すると、単なる人気者の貸し出しになりやすくなります。

一方で、走る、跳ぶ、集まる、試す、失敗して戻るという体験のリズムまで再現されると、別の媒体でも「任天堂らしい」と感じられます。

ここから導ける仮説は、次のようになります。

強いブランド記号は、見るための形ではなく、顧客が繰り返す行動の型を持っている。

ロゴやキャラクターを先に増やす前に、顧客がそのブランドに触れた時、毎回どんな動作や感情の順序を経験するのかを考える必要があります。

現時点の限界

この章で一次資料から詳しく確認できたのは、主にマリオの動きと音です。ゼルダ、どうぶつの森、スプラトゥーンなどでは、探索、生活、協力・対戦と異なる記号構造があると考えられますが、公開原稿で一般化する前に、それぞれの開発資料を追加します。

任天堂の記号性をマリオ一人で説明し切らないことが、この章の次の課題です。

04
REEDITING · レイ

Nintendo|技術を、説明しなくても遊べる形へ編集する

直感的とは、説明が要らないことではない

新しい操作方法をつくる時、「直感的に使えます」という言葉はよく使われます。

けれども、本当に何の説明も要らない操作など、ほとんどありません。

任天堂の事例を見ると、直感性は、使う人が自然に予想した動きと、機械が返す反応を近づけることで生まれています。初めて触る人の身体が、先に答えを出してしまうような状態です。

周囲から見ても、遊び方が分かる

Wiiリモコンは、指す、振る、ひねるという身体動作を操作へ変えました。

重要なのは、操作している本人だけが理解しやすかったことではありません。隣で見ている人にも、何をしているかが分かりました。

ボタンの組み合わせは、知っている人にしか意味が見えません。一方で、ラケットのように振る、何かを指す、釣り糸を巻く動作は、ゲーム経験がない人にも意図が伝わります。

操作が見えることで、観客が参加者へ変わりやすくなる。ここでは、インターフェイスそのものが顧客層を広げています。

顧客の身体が、仕様を教える

『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』の開発記録では、試遊者がリモコンを手にすると自然に剣を振る動作や、釣りのリールを巻く動作をしたことが確認されています。

開発側は、その行動を見て操作へ採用しました。ただし、細かな振り分けを増やしたのではありません。長く遊ぶと疲れる、操作の制約が増えるという問題を考え、仕様を簡略化しています。

ここに、技術を体験へ編集する時の大事な順序があります。

  1. 顧客が自然にする行動を観察する。
  2. その行動が何を期待しているかを読む。
  3. 技術で反応させる。
  4. 疲労、誤操作、学習負荷を減らす。
  5. 周囲の人にも意味が見える形へ整える。

技術から操作を考えるのではなく、身体の期待から技術を選び直しています。

新しい機能は、一つの代表場面へ変換する

Nintendo Switchでは、据置機と携帯機の機能一覧を並べるより、テレビの前から本体を持ち出す場面、コントローラーを分けて隣の人と遊ぶ場面を見せました。

複数の技術があっても、顧客が覚えるのは機能名ではありません。「これなら、ここで、こう遊べる」という一つの場面です。

Wii Uでは、二つの画面を使う発想がありながら、Wiiとの違い、買い替える意味、GamePadで何が変わるのかを十分に伝えられなかったと任天堂自身が振り返っています。

機能が多いことと、使い方が見えることは別です。

企業が応用する時の問い

複雑な商品やサービスを分かりやすくしたい時、説明文を短くするだけでは足りません。

  • 顧客は、手に取った瞬間に何をしようとするか。
  • その行動に対して、期待どおりの反応が返るか。
  • 長く使うと負担になる動作はないか。
  • 他人が見た時にも、価値が理解できるか。
  • 最初に体験してほしい代表場面は何か。

直感的な体験は、説明を省略した結果ではなく、観察と削除を重ねた結果として生まれます。

自社のサービスを初めて使う人に、まず何を試してほしいでしょう。その一動作から、説明と体験の順番を一緒に組み立てられます。

下の「3人と相談してみる」から、あなたの状況に合う次の一手をBASで一緒に考えてみませんか。