ヴェブレン|豊かさは、見せなければ分からない
ヴェブレンが『有閑階級の理論』を刊行した1899年は、米国で工業化と都市化が進み、富の集中と新しい消費文化が目立った時代でした。彼の関心は豪華な持ち物のカタログではなく、経済力がどのように「立派さ」へ翻訳されるかにありました。
原著第4章では、人と接触する範囲が広く移動性も高い都市ほど、消費が評判を示す手段として効きやすいと論じています。小さく固定した共同体なら、家柄や仕事ぶりを長く見れば相手を判断できます。しかし見知らぬ人が交差する街では、服、住まい、食事、振る舞いのような見える手掛かりが、短時間の身分証になりやすい。駅の改札で全員の履歴書を交換するわけにはいきませんから、物が代わりに話し始めます。
この背景を知ると、現代のSNSとの接続も見えてきます。かつて街角で行われた比較が、写真一枚で遠くまで届くようになりました。ただし「SNSを使う人は全員見栄を張っている」とまとめれば、理論は虫眼鏡ではなく色眼鏡になります。記録、交流、仕事、創作など投稿の目的は複数あります。
ヴェブレンの観察を現代へ持ち込むなら、「ぜいたくか質素か」と裁くより、何が観察可能になり、誰が観客になり、どんな基準が普通として共有されているかを見ます。豊かさは見せなければ存在しないのではありません。ただ、社会的な評価に変えるには、誰かが読める形へ翻訳される必要があるのです。
ヴェブレン|彼が疑ったのは『趣味は純粋か』
ソースティン・ヴェブレンは1857年に生まれ、経済を価格と数量だけで閉じず、制度、習慣、文化が人の選択をどうつくるかを見ようとした人物です。Econlibの人物紹介が伝えるように、彼は当時の経済学が出していた答えより、そもそも問う範囲が狭いことを問題にしました。文章には皮肉が多く、上流階級の作法を観察する目は、舞踏会に紛れ込んだ辛口コラムニストのようです。
原著の第6章と第7章で彼が扱ったのは、趣味や衣服です。ここでの問いは「美しさは偽物か」ではありません。美しいと感じる基準に、高価であること、手入れに時間を使えること、実用的な労働には向かないことが混ざっていないか、という疑いです。動きにくい服が上品に見えるとき、その不便さが「働かなくてもよい身体」の証明になっている可能性まで読み込みました。
現代なら、目立つロゴだけが対象ではありません。無地のコート、希少な素材、知る人だけが分かる仕立てにも、文化的な知識や所属の合図は宿ります。むしろ「分かる人にだけ分かる」は、観客を減らす代わりに合図を濃くする方法です。
それでも、趣味をすべて財布の影にしてしまうのは乱暴でしょう。形の美しさ、触感、思い出、職人への敬意もあります。ヴェブレンの面白さは趣味を否定することではなく、純粋だと思っていた好みの後ろに、社会がそっと椅子を置いていないか確かめるところにあります。
ヴェブレン|商品が、他者へのメッセージになる
商品が他者へのメッセージになるには、ただ高いだけでは足りません。少なくとも、商品が誰かに見えること、その特徴を観客が読み取れること、読み取った意味を比較できることが必要です。無人島で誰にも見せずに着る高級ジャケットは、本人の満足や品質には貢献しても、社会的な合図としては観客不足です。舞台は豪華でも客席がゼロ、という少し気まずい公演になります。
ヴェブレンは顕示的消費の章で、価値ある財の消費が評判を得る手段になると論じました。現代の研究は、その合図が必ずしも大きなロゴではないことも示します。Han、Nunes、Drèzeによる2010年のブランド・プロミネンス研究では、富や地位欲求の違いにより、目立つブランド表示と控えめな表示の好みが変わりました。富裕層の一部は、同じ知識を持つ仲間だけが判別できる静かな商品へプレミアムを払う傾向を示しています。
つまり「見せる」は、必ずしも大声ではありません。ロゴを掲げる合図もあれば、素材、縫製、型、入手経路を知る人だけに届く合図もあります。ブランドにとって重要なのは、声量を上げることより、誰が読める言語にするかです。
私たちも物を見るとき、機能だけでなく「これは誰の仲間に見えるか」を瞬時に読んでいます。その読みが本人の意図と一致するとは限りません。商品は手紙になれますが、差出人が書いていない文章まで観客が追記することもあるのです。
ヴェブレン|値上げする前に、誰への価値かを分ける
価格を上げればブランド価値も上がる、という話は簡単で魅力的です。ボタン一つで高級化できるなら、会議は早く終わり、コーヒーも冷めません。ただしヴェブレンの理論は、値上げの許可証ではありません。価格が社会的な意味を持つ条件を考えるための問いです。
同じ椅子を十万円から十五万円へ変えるとき、まず分けたいのは価値の向きです。座り心地や耐久性が増したなら使用価値、素材や製法が品質の根拠になるなら証明価値、所有する喜びなら自己価値、特定の文化や作り手との接続なら所属価値、他者へ地位や選択眼を伝えるなら表示価値です。一つの商品に複数が重なることはありますが、全部を「ブランドだから」で済ませると、何を強くしたのか分からなくなります。
実務では三つの確認が役立ちます。値上げで実際に何が変わるのか。顧客はそれをどこで体験できるのか。そして、価格以外の言葉で価値を説明できるのか。説明を外した瞬間に値札しか残らないなら、価格は価値の証拠ではなく、まだ中身のない拡声器かもしれません。
反対に、品質、サービス、修理、供給、物語が価格と一緒に整うなら、値上げは関係の再設計になります。さて、自社の商品で高くしたいのは数字でしょうか。それとも顧客が受け取る経験でしょうか。
自社の価格を変えたい理由を、顧客が受け取る経験の言葉へ置き換えてみます。使用、品質の根拠、自己像、所属、表示のうち、何を良くする案でしょう。まず説明を一案つくり、伝わる価値と伝わらない価値を確かめるなら、価格の変更前でも始められます。
その案をBASで比較してみることもできます。



