Andy Warhol|既製の像と制作の新しさを分ける
ウォーホルの反復を検討する際は、題材の新規性と制作物の構成を別の軸に置きます。前者は、その図像が作品に先立ってどのように使われていたかという問いです。後者は、選ばれた像がどの大きさ、数、素材、位置で現れるかという問いになります。元になる図像が既に存在したという事実だけでは、完成した作品にどのような判断があるかまでは説明できません。
スープ缶では商品ラベル、マリリンでは映画の宣伝写真が、この比較の出発点になります。ホイットニーの展覧会ラベルは、《Marilyn Diptych》の元を、ジーン・コーンマンが一九五三年の『ナイアガラ』のために撮った写真としています。つまり、画家がモデルを前にして撮影から始めた肖像として扱うことはできません。
一方、MoMAのスープ缶の記録では、当時の三十二種類に対応するラベルを、それぞれの画面へ描いたことが分かります。元の商品が複数あることと、作品が複数の画面で成り立つことは対応していても同一ではありません。中身を選ぶための品種名が、絵を見比べる箇所にもなる。この役割の移り方を、制作上の選択として読むことができます。
BASの見立てでは、既知の像は制作の材料であると同時に、見る人が持ち込む知識との接点です。ただし、缶も俳優も知らない観客なら、出発点は変わります。社会で流通していたという記録を、すべての人が知っていたという前提へ広げないことが大切です。作品の構成を確認した上で、事前知識がなくても見える関係と、由来を知って初めて気づく関係を分けて比較できます。
Andy Warhol|版を使っても選択は終わらない
スクリーンプリントを「ボタンを押して同じ画像を出す方法」とだけ理解すると、制作の途中にある選択が消えてしまいます。アンディ・ウォーホル美術館の写真製版を扱う教材は、色面を先に描き、写真の像を重ねる手順を紹介しています。そこでは、下の色と上の像の位置をどう合わせるかも作業の一部です。
ただし、この教材が詳しく扱う《Flowers》の工程を、別作品の全工程へ移すことはできません。比較のためには個別記録へ戻ります。一九六七年の《Marilyn Monroe》についてMoMAが説明するのは、五つの版を使う構成と、色や重なりのずれの変化です。技法の一般的な説明と、ある作品で採られた方法を分けることで、具体性を保てます。
たとえば同じ輪郭の版を使っていても、赤い面を唇に合わせる場合と、少し外へずらす場合では、輪郭と色の関係が変わります。これは工程を理解するための比較例で、すべてのずれを作者が事前に一つずつ指定したという主張ではありません。予定した変更、印刷中に生じた差、その差を残す判断は、資料がなければ同じ出来事として確定できません。
ここから考えられるのは、手作業の量だけで創意を測らず、どの変数を固定し、どこを変えられる状態にしたかを見る方法です。版は像を再利用するための道具であり、色や支持体まで自動的に決めるわけではありません。一枚の完成画面から工程を推定する際は、見える結果と、記録された操作を照合します。再現可能な部分とその回の判断が、同じ制作の中に並ぶ可能性を残せます。
Andy Warhol|像の数と作品の数を読み違えない
「マリリンが何枚もある」という表現には、数える対象の違いが隠れています。一つの画面にある顔、作品を構成する支持体、版画集の各図柄、同じ版から刷った部数は、それぞれ別の単位です。BASは、反復を比較する際にこの単位を先に明らかにすることを提案します。数が多いという共通点だけで並べると、画面の構成と流通の条件が混ざるためです。
ホイットニーのラベルによれば、一九六二年の《Marilyn Diptych》は二つのパネルからなり、顔の像が五十あります。五十という数字を、そのまま独立した作品の点数と読むことはできません。画面の中で色のある部分と白黒の部分が並ぶ構成を見れば、数えることだけでは捉えられない、隣り合う像の関係も検討の対象になります。
対してMoMAが所蔵する一九六七年の《Marilyn Monroe》は十点組の版画集で、エディション欄には二百五十とあります。十と二百五十は別の問いに答える数字です。十点の色の違いを比較する作業と、その版画集がどの部数で発行されたかを確かめる作業を分けると、画面の反復と作品の複数性を取り違えずに済みます。
こうして見ると、反復は同じ情報がただ加算される出来事とは限りません。一つの顔を見た時には背景だった色が、複数を見比べると差の中心になる、といった読み方が考えられます。これは本稿の鑑賞上の仮説で、観客の反応を測った結果ではありません。何を一つと数えたかを明示することで、反復がどの関係を見えるようにしたかを、作品ごとに話しやすくなります。
Andy Warhol|自分の図で固定する部分を選ぶ
制作の選択を自分の手元で考えるなら、BASは、自分で描いた小さな窓の絵を使う比較を提案します。四角い窓枠と、その中に見える一片の空だけでも構いません。窓の輪郭を同じにした四枚と、輪郭を毎回描き直した四枚を用意する案です。著名な作品に似せることを目標にせず、自分がどの差を見たいかを決めるための、任意の小さな試行として扱います。
最初の一組では、輪郭を保って空の色だけを変えます。次の一組では、色を保って輪郭の幅を変えます。全部を同時に変えると、どの変更に目が向いたかを自分でも説明しにくくなります。少し条件をそろえるのは、正しい色を決めるためではありません。同じと感じた部分と、別の場面に見えた部分を、後から指し示せるようにするためです。
比べる時には、きれいにそろったものだけを成功例にしなくてもよいでしょう。窓枠の太さが不揃いな方に時間の流れを感じたなら、その感覚を書き留めます。反対に、色を変えてもあまり違って見えなければ、背景の面積を広げるなど別案が生まれます。ここで得られるのは、この材料とこの配置を見た自分の反応であり、他の人の評価を予測する規則ではありません。
一回見比べた後、残したい特徴を一つ選び、その理由を一文にできます。もし他の人にも見せたいなら、何が変わって見えたかを任意に聞く方法があります。意図と違う言葉が返ってきても、すぐ作り直す必要はありません。自分の問いを続けるか、相手の発見を次の一枚に使うかを選べます。繰り返すための決まりを作り、その決まり自体も見直す。この往復が、制作の比較を身近にする入口になります。



